【思索011】なぜ今、多くの人が「何か違う」と感じているのか

最近、
多くの人が心のどこかで

「何か違う」

と感じているような気がしています。

今の働き方に違和感がある。
今の生き方がしっくりこない。
今の社会の空気が重たい。
このままでいいのか分からない。

それは、
はっきり言葉にできるものではないかもしれません。

でもどこかで、

  • 何かがおかしい
  • 何かがズレている
  • 何かが限界に来ている

そんな感覚を持っている人が、
以前より確実に増えているように感じます。

私は最近、
この「何か違う」という感覚は、
単なる個人の悩みではなくて、

時代そのものが発している違和感

でもあるように感じています。

あなたの違和感は、あなただけの問題ではないかもしれない

これまでの思索ログでは、
本質とのズレや、違和感の話を書いてきました。

人は本質からズレることがある。
そのとき、違和感が生まれる。
その違和感は、人生のバグではなくサインかもしれない。

これは個人の話としても大事です。

でも私は最近、
それと同じことが

社会全体にも起きている

ように感じています。

つまり今の時代は、
個人だけでなく、

  • 社会のあり方
  • 働き方
  • 教育
  • 経済
  • 人間関係
  • 商売のあり方

そういったもの全体が、
どこかでズレ始めている。

そしてそのズレに対して、
多くの人の中で違和感が顕在化してきている。

私は、そんなふうに感じています。

「正しさ」で回してきた社会が限界を迎えている…

これまでの社会は、
ある意味とても分かりやすかったのだと思います。

ちゃんと勉強する。
いい学校に行く。
いい会社に入る。
安定した仕事をする。
頑張って成果を出す。
お金を稼ぐ。
周りに合わせる。
常識的に生きる。

そうしたルートに乗れば、
ある程度“正しい人生”が手に入る。

少なくとも、
そう信じられていた時代が長くありました。

もちろんその中には、
大切な知恵もたくさんあったと思います。

でも今、
その“正しさ”だけでは
うまく回らなくなってきているのではないでしょうか。

ちゃんとしているのに苦しい。
正しいはずなのに満たされない。
頑張っているのに、未来に希望が持てない。

こういう感覚が、
以前よりずっと広がっている。

それはもしかしたら、

「正しさ」だけで組み立てた社会が、
本質とのズレを大きくしてきた

ということなのかもしれません。

学校も仕事も「本質」より「適応」が優先されてきた

つまり、
今の社会の仕組みそのものが、

人が本質からズレやすい構造

をになっているのではないか…。

学校では、
みんなと同じペースで進むことが求められる。

仕事では、
期待に応え、成果を出し、
役割に適応することが求められる。

社会では、
空気を読み、常識に合わせ、
“ちゃんとしていること”が評価されやすい。

もちろん、それらが全部悪いわけではありません。

でも、その中で長く生きていると、
人は少しずつ

「自分は本当はどう感じているか」より、
「どう適応するか」

を優先するようになっていく。

その結果、
本質よりも適応が上に来る。

私は、
ここに今の時代の大きなズレがあるように感じています。

便利になったのに、なぜか満たされない

もうひとつ、
今の時代を象徴しているように思うことがあります。

それは、

便利になったのに、なぜか満たされない

ということです。

モノは増えた。
情報も増えた。
サービスも増えた。
効率も上がった。
昔よりずっと便利になった。

それなのに、
なぜか心は満たされにくい。

なぜか落ち着かない。
なぜか疲れる。
なぜか空しい。

この感覚を持っている人は、
少なくないのではないでしょうか。

私はこれも、
単なる贅沢病のような話ではなくて、

人間の本質と、今の社会の構造とのズレ

が表れているのではないかと思っています。

お金・効率・評価…だけでは生きられない

今の社会は、
どうしても

  • お金
  • 効率
  • 生産性
  • 評価
  • 成果

といったものが強くなりやすい構造を持っています。

もちろん、
それらも大切です。

でも私は、
人間という存在は、
それだけでは生きられないのだと思っています。

人は本来、

  • 意味を感じたい
  • 誰かとつながりたい
  • 自分らしく在りたい
  • 自分の命を何かに使いたい
  • 本当の意味で生きている実感がほしい

そういう存在なのではないかと思うのです。


もしそうだとしたら、
今の社会が抱えている苦しさの多くは、

人間の本質を置き去りにしたまま、
外側だけを発展させてきたこと

にあるのではないでしょうか?

「本質に還る流れ」は必然なのかもしれない

私は最近、
今の時代に起きていることを
少し前向きにも見ています。

それは、

今、多くの人の中で
「本質に還りたい」という流れが起き始めている

ように感じるからです。

このままでは違う。
もっと自然に生きたい。
もっと自分らしく在りたい。
もっと意味のある仕事がしたい。
もっと本当のつながりがほしい。

こうした感覚は、
単なる個人のわがままではなくて、

時代の深いところで起きている“回帰”の動き

なのかもしれません。

私はそれを、
とても大きな流れとして感じています。

違和感・モヤモヤ社会はいい流れ?

もし今の時代に、
違和感を持つ人が増えているのだとしたら、

それは一見、
不安定で、苦しくて、
あまり良いことではないようにも見えます。

でも私は、
必ずしもそうとは思っていません。

なぜなら違和感やモヤモヤは、
これまでのやり方や価値観が
もう限界に来ていることを知らせるサインでもあるからです。

つまり今の時代に起きている違和感は、

崩壊のサインであると同時に、
回帰の入口でもある

ようにも思えます。

「何か違う」
という感覚があるからこそ、

「じゃあ、本当はどう在りたいのか?」
「本来の人間らしさとは何か?」
「自分の本質とは何か?」
という問いが生まれる。

そう考えると、
今この時代に違和感を持つことは、
むしろとても自然なことなのかもしれません。

「外側の正解」から「内側の整合」へ

ここまで書いてきて、
今の私に一番しっくりくるのは、

今の時代は、

“外側からの正解”で生きる時代から、
“内側からの整合”で生きる時代へ

移りつつあるのかもしれない、
という感覚です。

これまでは、
正解を知っている人がいて、
その通りにやればうまくいく、
という構造が比較的機能していたのかもしれません。

でも今は、
それだけではもううまくいかない。

だからこそ今、
人は自分の内側に戻らざるを得なくなっている。

自分の違和感を感じる。
自分の本質を探る。
自分のWHYを見つめ直す。
そして自分と整合した人生や仕事を組み立て直していく。

私は、本質整合という考え方は、
こうした時代の流れの中で
ますます大事になってくるのではないかと思っています。

あとがき

もし今、
あなたが心のどこかで

「何か違う」
「このままではない気がする」
「もっと本来の流れがある気がする」

そんな感覚を持っているとしたら、

それは、
あなた個人の問題だけではなくて、

時代そのものが、
“本質に還る方向”へ動き始めているサイン

なのかもしれません。

そしてもしそうだとしたら、
今必要なのは、
違和感を無理に消すことではなくて、

その違和感が何を知らせているのかを、
ちゃんと見つめること

なのかもしれません。

私は最近、
そんなふうに感じています。

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この記事を書いた人
本質整合研究所

櫻木隆志|本質整合研究所 代表
「本質と一致して生きる」をテーマに、経営者・個人事業主・違和感を抱える人たちの本質探求と本質整合をサポートしています。
本質整合名刺(トリセツ)制作・AI本質対話セッション・本質整合経営支援などを通じて、本質と整合した生き方・働き方・経営の実装を支援しています。

思索ログ本質整合思想入門
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