【思索004】頑張っているのにうまくいかない理由

世の中には、
頑張ってもうまくいかないことがあります。

むしろ、そういうことばかりです。

一生懸命やっている。
ちゃんと考えている。
手も抜いていない。
真面目にやっている。

それなのに、なぜかうまくいかない。

成果が出ない。
空回りする。
苦しくなる。
続かない。
報われない。

こういうことは、
仕事でも人生でも多いですよね。

そんな時、私たちはつい、

「努力が足りないのかな」
「もっと頑張らなきゃ」
「能力不足だな」

などと思ってしまいます。

私も、そういうふうに考えてきた時期がありました。

でも最近は、
それだけでは説明がつかないことが多いなと感じています。

もしかしたら、
頑張っているのにうまくいかない理由は、

“能力や努力の問題”ではなく、
“本質とズレているから”

なんじゃないだろうか…。

原因は能力不足でも努力不足でもないかもしれない

私は、努力そのものを否定したいわけではありません。

むしろ、
何かを形にしようと思ったら、
やっぱり行動も継続も必要です。

本質と整合していたら、
何もしなくても全部うまくいく

そんな都合のいい話ではありません。

でも一方で、
努力には向きがあるとも感じています。

同じ100の力を使っていても、

”本質と整合した努力”と
”本質とズレた努力”では、
結果も、手応えも、疲れ方も、まったく違ってきます。

ズレた努力は「前に進んでいる感じ」がするのに苦しい

ズレた努力のやっかいなところは、
やっている本人が最初は気づきにくいことです。

なぜなら、
ちゃんと頑張っているからです。

予定をこなしている。
やるべきことをやっている。
人から見ても、それなりにちゃんとしている。

だから一見、
「前に進んでいる感じ」はする。

でも、どこか苦しい。

ちゃんとやっているけど満たされない。
エネルギーが減っていく。湧いてこない。
前に進んでいるはずなのに、
行きたいところに向かっている感じがしない。

そんな感覚、
かなり多くの人が持っているのではないでしょうか。

私はこれを、
“ズレた努力”の特徴だと思っています。

本質とズレた努力は、どこかで無理が出る

本質とズレた努力には、
どこかに無理があります。

本当は気が進まないのに、
「やるべきだから」と続けている。

本当は違和感があるのに、
「これが正解のはず」と思って頑張っている。

本当は別のやり方が合っているのに、
「こうしなきゃダメだ」と自分を型にはめている。

そういう努力は、
短期的にはうまくいくことがあっても、
どこかで苦しさが出てきます。

なぜなら、
自分の生命エネルギーが通っていないからです。

私は最近、
人や仕事を見ていてよく思うのです。

結局大事なのは、

その人にエネルギーが通っているかどうか

なのではないか…、と。

エネルギーが通っている努力は、疲れてもやりたい

ここはすごく大事な違いだと思っています。

本質と整合した努力も、
もちろん疲れます。

大変なこともあります。
プレッシャーもあります。
壁にもぶつかります。

でも、それでもどこかで

「これをやりたい」
「こっちに進みたい」

という感覚がある。

すると不思議なことに、
疲れるけれど、枯れないんです。

一時的にしんどくなっても、
また戻ってこられる。

やっぱりこっちだと思える。

これが、
本質と整合した努力の特徴のひとつなのではないかと思います。

逆にズレた努力は、
疲れるだけでなく、
少しずつ自分を削っていきます。

気力がなくなる。
判断力が鈍る。
自信がなくなる。
何のためにやっているのか分からなくなる。

こうなってくると、
努力そのものが苦しくなっていきます。

「頑張る」のが苦しいのではなく、
「ズレたまま頑張る」のが苦しい

ここはかなり大事なポイントだと思っています。

よく、

「頑張りすぎはよくない」
「もっと力を抜いた方がいい」

と言われたりします。

もちろんそれも一理あると思います。

でも私は最近、
もっと本質的なことは別にあるように感じています。

それは、

頑張ること自体が苦しいのではなく、
ズレたまま頑張ることが苦しい

ということです。

本質と整合している時、人はかなり頑張れます。
驚くほど動けることもあります。

でもそれは、
“無理やり自分を追い込んでいる頑張り”とは違います。

内側から湧いてくる推進力のようなもので、
自然に動けるのです。

私はそれを、
生命力が通っている状態
と言ったりします。

うまくいかない時は「もっと頑張る」前に…

もし今、

頑張っているのにうまくいかない。
努力しているのに空回りする。
やるべきことはやっているのに、どこか苦しい。

そんな感覚があるとしたら、

大事なのは、
「もっと頑張ること」ではないのかもしれません。

その前に見るべきなのは、

「私は今、どこかズレた方向に力を使っていないだろうか?」

ということです。

  • 違和感を無視していないか
  • 世間の正解を、自分の正解だと思い込んでいないか
  • 自分に合わないやり方を、無理に採用していないか
  • 誰かの期待を、自分の人生の目的にしていないか

一旦立ち止まって、
そういう問いを持ってみることが、
状況を変えることがあります。

もっとがんばるという前に、
向かっている方向を見直す。

これは、人生にも仕事にも、
かなり重要なことなのではないかと思います。

本質整合すると、「努力の質」が変わる

本質整合とは単に

「自分らしく気楽に生きよう」
という話ではありません。

もっと現実的で、
もっと実践的なものです。

本質整合すると、
人生や仕事の中で使うエネルギーの質が変わる。

頑張り方が変わる。
判断の仕方が変わる。
何に力を注ぐかが変わる。

すると、
同じように行動していても、
流れが変わってくる。

私はそういうことなのではないかと思っています。

これは、
努力をやめる話ではなく、

ズレた努力を減らして、
整合した努力に変えていく話

なのかもしれません。

今まで頑張ってきたことにも意味はある

「今まで頑張ってきたのにズレていたのか…」
と感じる方もいるかもしれませんが、

「今までは全部ムダだった」
というわけではありません。

そこまで頑張ってきたからこそ、

「この方向ではないのかもしれない」
ということが分かるし、
「本質とズレた努力の時の感覚」も分かる。

そこまでやったからこそ、
違和感がはっきりしてくる。

そこまでやったからこそ、
自分の本質に合う方向が見えてくる。

そう考えると、
うまくいかなかった努力も、
空回りした時間も、
本質に近づくためのプロセスだったのかもしれません。

うまくいかない時は、方向が違うのかもしれない

私は最近、
人生や仕事でうまくいかないとき、

「自分には才能がないのかも」
「努力が足りないのかも」
「私には向いていないのかも」

とすぐに結論づけてしまうのは、
少し早いのではないかと思うようになりました。

もちろん、向き不向きはあります。

でもそれ以前に、

方向がズレているだけ

ということも、かなり多いと思うのです。

もしそうだとしたら、
必要なのは自分を否定することではなくて、

自分の本質に合った方向に、
力の使い方を整え直すこと

なのかもしれません。

努力が報われないのは、
あなたがダメだからではなくて、

もしかしたら、
その努力が
あなたの本質と整合していなかっただけ
なのかもしれないのです。

あとがき

人生には、
頑張れば頑張るほどうまくいくこともあれば、

頑張れば頑張るほど、
ズレていくこともあります。

だとしたら大事なのは、
努力の量ではなくて、

どの方向に、どんな質のエネルギーを注いでいるのか

を見ていくことなのかもしれません。

もしかしたら人生は、
「もっと頑張る」より前に、
「どこに向かって頑張るのか」
が大切なゲームなのかもしれません。

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この記事を書いた人
本質整合研究所

櫻木隆志|本質整合研究所 代表
「本質と一致して生きる」をテーマに、経営者・個人事業主・違和感を抱える人たちの本質探求と本質整合をサポートしています。
本質整合名刺(トリセツ)制作・AI本質対話セッション・本質整合経営支援などを通じて、本質と整合した生き方・働き方・経営の実装を支援しています。

思索ログ本質整合思想入門
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