【思索003】違和感は本質とズレているサイン

なんとなくモヤモヤする。
しっくりこない。

そんな違和感をかんじることってありますよね。

そして私たちは、そうした違和感をあまり歓迎しません。

このままでいいのか分からない。
うまく言えないけれど、何かが違う気がする。

そういう感覚があると、
多くの人はそれを

「気のせい」
「考えすぎ」
「甘え」
「わがまま」

のようなものとして扱ってしまい、
気にしないようにします。

でも私は最近、そうした違和感を、
まったく別のものとして見るようになってきました。

それは、

違和感は、本質からのサインなのではないか…

ということです。

違和感は、“おかしい”を感じる力

人は本質とズレたとしても、
いきなり大きな問題が起こるわけではありません。

最初はたいてい、
もっと小さなものとして現れます。

「なんか違う気がする」
「それなりにやれているけど、何か満たされない」
「理由はわからないけど、モヤモヤする」

とても曖昧で、
でも無視できないような感覚。

そんな違和感、ありますよね。

そうした違和感は、
言葉にできません

なぜか分からない。
どこが違うのかもうまく説明できない。
でも、何かがズレている気がする。

この“まだ言葉になっていない反応”こそが、
私はかなり大事だと思っています。

違和感を無視する私たち

私たちは、そうした違和感を感じても、
それを大事にするようには教えられていません。

むしろ逆で、

違和感を無視する訓練を、かなり早い段階から受けています。

「みんなもそうなんだから」
「そんなことでいちいち気にしないの」
「我慢しなさい」
「ちゃんとやりなさい」
「考えすぎだよ」

そうやって、
自分の内側の小さな反応よりも、
外側のルールや常識に従うことを覚えていく。

その結果、、、

最初は感じていた違和感を、
だんだん感じないふりをするようになります。

いや、もっと正確に言うと、
感じてもスルーするようになるのです。

違和感があっても進む。
しっくりこなくても続ける。
苦しくても「これが普通」と思う。

そうやって生きているうちに、
人は少しずつ、自分のセンサーを信じなくなっていきます。

違和感は、小さいうちにしか聞こえないことがある

私は、違和感というものは、
本来かなり親切なサインだと思っています。

いきなり大きな不調として来るのではなく、
最初はもっと小さく、
やさしく知らせてくれている。

「なんか違うよ」
「そっちじゃないかもしれないよ」
「少し立ち止まった方がいいかもしれないよ」

そんなふうに。

でも、その小さなサインを無視し続けると、
だんだんサインは大きくなっていきます。

モヤモヤになる。
息苦しさになる。
やる気の低下になる。
イライラになる。
虚しさになる。
空回りになる。

そして場合によっては、
身体の不調や、人間関係のトラブルや、
仕事の行き詰まりとして表に出てくることもあります。

そう考えると、
違和感は“問題”というより、

問題が大きくなる前に知らせてくれているサイン

なのかもしれません。

違和感があるということは、まだ自分が生きているということ

私は、違和感を感じること自体を、
かなり大事なことだと思っています。

なぜなら、違和感があるということは、

まだ自分の本質が、ちゃんと反応している

ということだからです。

もし完全に麻痺していたら、
そもそも違和感すら感じません。

苦しいのに、
「こんなものだ」としか思えない。

ズレているのに、
「これが正しい」としか思えない。

そうなってしまったら、
本当に苦しくなります。

でも違和感があるということは、
まだ自分の奥にある何かが、

「それ、違うよ」
「本質とズレてるよ」

と、反応しているということです。

それはむしろ、
かなり希望のある状態なのかもしれません。

違和感は本質回帰への入り口

ここは、私にとってとても大事な感覚です。

違和感というと、
今あるものを否定するように感じるかもしれません。

でも私は、そうは思っていません。

違和感は、
否定するために現れるのではなく、

本来の自分に回帰するために現れる

のではないかと思っています。

今の仕事や会社をやめなさい、とか、
人間関係を切りなさい、とか
必ずしもそういう話ではありません。

そうではなくて、

「無理してないですか?」
「そのまま進む前に、少し立ち止まって考えませんか?」

と、
人生の軌道修正を促してくれているのかもしれません。

つまり違和感は、

否定のサインではなく、回帰のサイン

なんじゃないだろうか…

私はそんなふうに感じています。


うまくいっているように見えても、違和感があることがある

ここはとても重要です。

違和感というのは、
何かが“明らかに失敗しているとき”だけに出るわけではありません。

むしろやっかいなのは、

うまくいっているように見えるのに、違和感がある

というケースです。

仕事もある。
収入もある。
人間関係も大きく壊れてはいない。
世間的にはちゃんとして見える。

でも、なぜか満たされない。
なぜか苦しい。
なぜかエネルギーが湧いてこない。

この状態は、
外からは見えにくい分、
本人にとってはとても苦しいことがあります。

なぜなら、

「何が問題なのか分からないのに、苦しい」

からです。

でも私は、
そういうときこそ違和感は大事だと思っています。

言葉にできない違和感の中に、
まだ見えていない“本質とのズレ”が隠れていることが多いからです。

違和感を感じても、すぐ答えを出さなくていい

違和感を大事にしよう、というと、

「じゃあどうすればいいの?」
「何を変えればいいの?」
という話になりがちです。

もちろん、それも大事です。

でも私は、その前にもっと大事なことがあると思っています。

それは、

違和感を「違和感」としてちゃんと感じてあげること

です。


すぐに結論を出さなくていい。
すぐに人生を変えなくていい。
すぐに正解を見つけなくていい。

まずは、

「あー今、モヤモヤしてるなー」
「なんか違和感あるなー、何に対してのサインだろう?」
「何がしっくりこないんだろう?」
「何にYESと言えていないんだろう?」

と、静かに自分の内側に意識を向けてみる。

それだけでも、
何かが変わり始めることがあります。

なぜなら、違和感は

無視されると溜まっていくけれど、
見つめられると道しるべに変わる
からです。

違和感は”本質への入口”かもしれない

私は最近、
違和感に注目するようになってきました。
大事な合図として信頼するようになってきました。

もちろん、
違和感があるものを全部すぐやめればいい、
という単純な話ではありません。

でも少なくとも、

違和感は敵ではない。

むしろそれは、

本質に還るための入口
だと思うんです。

「なんか違う」
という感覚の中に、

本当はどう生きたいのか。
本当は何を大事にしたいのか。
本当はどんな自分でいたいのか。

そういう大事なヒントが、
静かに隠れていることがある。

だから私は、
違和感を無視しないように、
雑に扱わないよう、
気を付けています。

それは、
本当の自分を知るための、
かなり重要なヒントだからです。

もし今あなたの中に、

なんとなくのモヤモヤや、
言葉にならない違和感があるとしたら、

それは、

本来の自分が、静かに送ってくれているサイン

かもしれないのです。

あとがき

違和感は、
人生の邪魔をするものではなくて、

もしかしたら、
人生を本来の方向に戻そうとしてくれている
小さな案内役なのかもしれません。

だとしたら、
大事なのは違和感を消すことではなく、

その声をちゃんと聴いてあげること

なのかもしれません。

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この記事を書いた人
本質整合研究所

櫻木隆志|本質整合研究所 代表
「本質と一致して生きる」をテーマに、経営者・個人事業主・違和感を抱える人たちの本質探求と本質整合をサポートしています。
本質整合名刺(トリセツ)制作・AI本質対話セッション・本質整合経営支援などを通じて、本質と整合した生き方・働き方・経営の実装を支援しています。

思索ログ本質整合思想入門
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